おやま魅力発見WEBBOOK
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至山中湖138138至小山ふじあざみライン東富士五湖道路道の駅 すばしり大柳の芭蕉句碑スタール博士の碑水の広場鎌倉往還石碑冨士浅間神社エゾヤマザクラ(天然記念物)須走支所精進川陸上自衛隊富士学校自衛隊富士病院至御殿場ハルニレ(天然記念物)空中遊歩道東富士病院水の広場JA御殿場須走支店沼津信用金庫須走支店須走分署須走交番須走小学校須走本町須走IC須走IC須走水の広場馬頭観音鎌倉往還小鳥の音楽堂須走本通り紅葉桜並木伊奈神社鎌倉往還石碑鎌倉往還所要時間 20分所要時間 40分所要時間 1時間コースAコースBコースC小鳥の音楽堂遊歩道富士総合グラウンド須走なかよし公園須走郵便局須走多目的広場わさび園富士学校入口富士学校入口須走中学校須走護国神社150150151須走散策MAP須走散策MAP須走散策MAP富士山富士山金太郎自 然歴史・文化産 業見る遊ぶ買う食べる泊まる山麓のまち須走見る遊ぶ小山町の西端 須走は標高約800mで、北側は山梨県に接している。富士登山の東の玄関口 須走登山口を持つ。相模、駿河、甲斐三国の中継所として栄えた。鎌倉時代、各地から「いざ鎌倉」と馳せ参じる街道を鎌倉往還と呼び、町内では籠坂峠→須走→北郷→竹之下→足柄峠→相州(神奈川)のルートをたどる。政治・経済の両面から要衝であり、天文19(1540)年、武田晴信が塩の道として開いたとも、永禄3(1560)年、武田信玄が開いたとも云われている。鎌かまくらおうかん倉往還昭和初期に原田浜人がこの地を訪れて詠んだ「籠坂の月代遅し谷の虫」の句が記された碑。彼の友人 武者小路実篤はこの碑に「俳句に生涯を捧げた尊敬する方である。名句とよき弟子を得られた幸せな方である。」と碑文を寄せている。夕月の碑承久の変(承久3年)の時、後鳥羽上皇による北条氏討伐の企てに際し、藤原光親卿は時期尚早を上奏したが聞き入れられず、やむなく義時追討の案文を書いた。謀議はいち早く鎌倉にもれ、謀議に参加した光親卿は捕われの身となり、鎌倉護送の途上、篭坂峠において、甲斐武田五郎信光により斬首されたという。以来須走の人々により墓所は守られ、毎年5月に慰霊祭が執り行われている。藤原光親卿の墓6

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